最初の弟子たち「アンデレ」(ヨハネによる福音書第1章40-42節)

2010年5月16日 10時半 第20回礼拝

   今日はキリストの12弟子の一人アンデレのお話をしたいと思います。この人は12弟子の一人とはいっても直接その名前が聖書に登場するのは数回のみです。長年教会に通っている人でもアンデレというと、弟子の中のリーダー格であったペテロの兄弟であり、同じく漁師であったことくらいしか思い出せない方が多いと思います。アンデレは最初洗礼者ヨハネの弟子でした。それがイエス様と出会ってこれはすごい人だ、この人こそ救い主ではないかと感じます。そしてまっさきに兄弟ペテロのもとに行き、イエス様に引き合わせたのです。次にアンデレが出てくるのは、イエス様がわずか5つのパンと2匹の魚で5000人を満腹にさせた奇跡の時です。そのパンと魚を持っていた少年を見つけ、イエス様の元に連れてきたのがアンデレでした。ヨハネ書で最後にアンデレが登場したとき、彼はギリシャ人をイエス様に紹介する役割をしました。このように、アンデレは目立ちませんが、人々をイエス様の元に連れてくるという大切な役割をしたのです。
   しかし、私たちがこのアンデレの立場だったら、彼のようにいることが出来たでしょうか。ねたみや苦々しさ、不平に心を乱され、イエス様について行くことが出来なくなってしまわなかったでしょうか。アンデレの方が先に弟子になったにもかかわらず、聖書を見ると出てくるのはペテロの話ばかりです。特に、イエス様は特別な出来事の場合、12弟子の中の3人だけを一緒に連れて行きました。ペテロとヨハネ、その兄弟ヤコブです。なぜ、ペテロやヨハネだけなんだ。俺がペテロをイエス様に紹介してやったんじゃないか。どうしていつも兄貴だけなんだ。そう思っても不思議はなかったでしょう。でもアンデレはそういった思いに振り回されることはなかったようです。
   このアンデレの心の平安の秘訣は何だったのでしょう。それは、彼がイエス様と一緒に毎日生活をしていく中で、イエス様が、すなわち神がどんな方であり、自分がどんな価値を持っているかがわかったからでしょう。12弟子に与えられた役割は様々です。能力、性格、信条も全く異なるこの弟子たち一人一人をイエス様は愛されました。後に自分を裏切ることになるユダさえも愛しました。しかし、愛すると言うことは誰に対しても全く同じことをするというわけではありません。それぞれが異なる性格、長所、短所があり、それぞれに役割があります。しかし、神様の愛は同じなのです。兄貴は兄貴でイエス様に用いられている。俺は俺なりにイエス様に用いられている。それでいいのだ。
   この自分に満足するというのは向上心を持たなくても良いということではありません。私たちは皆こういうこともしたい、こういう風にも変わりたい、という願望があります。それは素晴らしいことです。でも、私たちは人と比べることによって自分の価値を決めなくても良いのです。私たちが何が出来ようと出来まいと、何をしようがしまいと、神の私たちへの愛は変わらず、私たちは神にとって価値ある者なのです。わたしたちは、イエス様によって神の子どもとしていただいたからです。

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